Huippuvuoreteen 2

窓から見る氷河

スヴァールバルへの旅 2

2006年6月8日木曜日

満開の花 本日はお昼前までお仕事をしてから出発。私が住むLinnanmaaからOulunsaloのオウル空港まではバスで40分程度。12時半の19番のバスに乗ればたどり着きますので、14時半のフライトに乗るにはこれで十分です。家の前はすっかり春の様相。フィンランドでは嫌われ者のタンポポが一面に咲き乱れています。さすがにこれだけずらっと咲いているとちょっと気持ち悪い感じです。遠くから写真で見ている分にはわかりにくいですが、近くで見ると本当に気持ち悪い。でも、これだけ花が咲いていると言うことは、春が来たという証拠でしょうか。

今日の気温は20度程度。地元の人々は半袖で歩いていますが、私たちはこれから行く先を考えて、遅く着いたがために着る機会がなかったスキーウエアの上下を抱え、いざ出発です。

blue1 オウル空港からは、SASグループのBlue1航空KF204便でヘルシンキへ。Blue1はいつものAvro RJ-100型機でのフライトです。204便は10分程度遅れて出発。ヘルシンキでの乗り継ぎが少しタイトな私たちは、ちょっと手に汗を握ります。

ヘルシンキ空港について、もうボーディングの時間だとばかり出発ゲートに急行すると、何故か機体が無くVaasaと他の空港が行き先に書かれています。Vaasa行きの飛行機が遅れているようですが、この時間はもうボーディングの時間。なのに出発時刻表には何も出ていません。「え、え、え、何がどうなってるの??」ときょろきょろです。ゲートパーソンに聞いてみると「SASのフライトは遅れているらしい。私はフィンランド航空の人間だから分からない。SASのカウンターに行ってきいてくれ」とのこと。をいをい(--#。遅れてもいいけど、フライトインフォメーションには即時情報をアップしてくれないと。

当然ながら、SASの窓口は乗り継ぎ便の問い合わせの人々で一杯。心なしかこのカウンターに集まっている人が大量にいます。出発案内を見ると、SASのフライトが軒並み遅れている様子。ストックホルム=アーランダ空港行きのフライトにはキャンセルの文字も見えます。何かあったらしい。私たちは、オスロで5時間程度の待ち合わせがあり、この時間を利用してオスロの街に行こうかと思っていたぐらいですので、まぁ、慌てなくてもいいかと言うことで、ヘルシンキ空港二階、管制塔の下に有るベンチに腰掛けて、日本の平行滑走路を眺めることにしました。この時間はヘルシンキ空港が非常に忙しい時間。ヨーロッパ行きや国内線の便が大量に出入りした後に、15時半頃から日本や中国への長距離便が飛び立ちます。平行滑走路は5分に一回程度離着陸がある感じでしょうか。眺めていて飽きません。

WCモードのルフトハンザ ルフトハンザ航空は、すっかりワールドカップモード。そういえば明日からワールドカップドイツ大会でした。フィンランドでは自国チームが弱いせいか、ワールドカップは殆ど話題になりません。アイスホッケーのワールドカップが終われば、後はすっかり静かなものです。

ベルギー軍 中にはこんな飛行機もやってきます。「何だろうこの飛行機」と思って、双眼鏡で除いてみるとBelgium Defence Forceの文字。ちょっと遠くて写っていませんが…。なにかの演習か何かできているんでしょうか。要人でも来ているのかなぁ。

ヘルシンキ空港は当然ながら、フィンランドで一番忙しい空港。じゃ、二番目はというと、これがオウル空港。でもオウル空港、滑走路一本、建物はあれどスポットフィンガー(要は搭乗用の橋)は無し、フライトは1時間に1-2便程度と大きな差があります。二番目とはいえど、オウルはやっぱり田舎の空港です。

遅れ 結局、blue1航空507便オスロ行きは、遅れに遅れて18時20分出発。2時間以上遅れたために、オスロ観光の予定も吹っ飛んでしまいました。「blue1は機体整備のためにフライトが遅れることがままあるのよね」と友人が言っていましたから、それかなと思って乗り込んでみると、「スウェーデンの航空管制用コンピュータシステムがダウンしてしまったために、スウェーデン上空の管制が乱れたことが原因で、機体のヘルシンキ到着が遅れたために当便は大幅に遅れました。現在管制システムは復旧しておりますが、遅れている飛行機が多数航路に入っているために、更に遅れることが予想されますが、ご了承下さい。」とのこと。機体に問題があった訳じゃなくて良かったよと、ほっとしてみたものの、よく考えてみたら、管制に問題があるのならばもっと怖い。いずれにしてもいい話ではありません。くわばらくわばら。

オスロ空港 やや遅れたものの、無事オスロ空港に到着。オスロ空港では、関西空港などと同様に、到着ゲートと出発ゲートが異なっていて、国内線に乗り継ぐときには荷物をターンテーブルでピックアップしてから、再チェックインする必要がありますが、私は全て手荷物ですから問題なし。それにしても、シェンゲン協定域内での移動ですから、扱いは国内線のはずなのに変な感じです。ま、空港の構造上の問題も大きいんでしょう。とりあえず一回到着ロビーに出てから、エレベータで出発ロビーに移動して、改めて空港に入ります。

空港の外に出たついでに、お金を少しおろしておくことにしました。ノルウェーはユーロ圏外ですから、通貨はKr(クローネ)。1€=7Kr、1Kr=20円が大体の現在の通貨レートです。ま、もう少し円は弱いんですが。ま、1000Krも有ればいいだろうと言うことで、ATMでおろします。最近ではATMで大体どの通貨でもおろせてしまうので、両替所に現金を持って並ぶ必要もありません。気楽なものです。

高価な昼ご飯 オスロの街に出る暇もなくなりましたので、ま、空港で晩ご飯にするかと思って買い物すると、これで210Kr。わたしは「30€かぁ、ちょっと高いなぁ、ま、空港だし仕方ないかぁ。」と思って、妻に持って行くと「4200円!これで!高っ!信じられへん!」とのこと。確かに日本円で換算すると異常に高く感じます。フィンランドも決して物価の安いところではありませんから、それを基準に計算すると、「ちょっと高いなぁ」なのですが、日本円を基準に考えるともっと高い。思うに生活者としての基準で見ると、1Kr=10円、1€=120円、$1=90円ぐらいがいい線なんでしょうね。そのくらい、北欧の生活費は高い。1994年にフィンランドに来たときは、円が高くてうはうはでしたが、今回はその逆。ま、通貨のレベルというのは、生活価格で決まるもののではないですから、この辺は仕方がないですが。ちなみに高いのは空港だけではなくて、町中でも一緒。悲しくなるだけですから、円換算厳禁で旅を続けることにしました。

ブラーセンズ なにはともあれ、一端つぶれてSASに買収された SAS Braathensのフライトに乗って、一路北へ。やっぱりこのフライトもあおりを食って1時間弱遅れています。今日の飛行機は大変です。1991年にラップランドにホームステイをしていたとき、 The origin of Travel is Trable という格言?をステイファーザーに教えてもらったことがありますが、まさにそのまんまという感じです。

ここから北極への玄関口Longyearbyenまでは約3時間。今日は曇っていますから飛行機からは殆ど下は見えません。それにしてもすごい人。Boeing737-700型機は完全に満席です。飛行機の中では、どうやら久しぶりにあったという雰囲気のノルウェー人同士、あるいは、英語でしゃべっているヨーロッパ人同士のおしゃべるが目につきます。やっぱり学会とかマラソンで顔見知り同士らしい雰囲気です。何か筒を持った人もいましたし、アレはきっとポスターなんだろうなぁと言う感じです。みんな口々にフライトが遅れたことを愚痴っていますが、楽しそうです。

スピッツベルゲン島 2時間半ほどして、「お、みえてきた、あれだな」という声につられて窓の外を見ると、見えてきましたSpitsbergen(スピッツベルゲン島)。氷河地形の険しい山々に真っ白に雪が積もっています。

氷河 雲の切れ間から氷河も見えます。今まで見た氷河の中で一番立派かも知れません。ものすごい存在感です。人の気配は全くなし。窓の下の景色に圧倒されている間にすっかり時間は過ぎ去って、フィヨルドの切れ目に吸い込まれるように下りていって...。

到着 ノルウェー時間午前1時半、Longyearbyen空港に到着に40分遅れて到着です。みんな思い思いに写真を撮っています。大興奮といった感じです。

北中する太陽 夏時間ですので、約1時間程度時間が前にずれているわけですから、太陽の時間で考えるとほぼ夜中。でも、この明るさ。この高さ。太陽が「北中」しています。白夜というのはあくまでも「夜」が「白い」から白夜な訳で、これでは昼間です。北緯65度のオウルでもすっかり白夜になっていますが、まだ夕方ぐらいに暗くなります。ここでは全く成りません。北緯78度の貫禄、恐るべし。北緯78度ということは、深夜の太陽の高さが、23-(90-78)=11度。そりゃ暗くは成りませんわなぁ。頭では理解できても、何とも変な感じです。

空港の建物 しかし、この北国にこの空港を作ってしまったノルウェーは立派です。空港建物はオウル空港と同規模。写真を撮っていたら、みんなどんどん吸い込まれていきます。明るいから忘れそうですけど、夜中ですから、タクシーを捕まえられなかったら大変です。私も慌ててついて行きます。

空港バス ホテルにメールで聞いたときには、空港の前でタクシーが拾えると聞いたのですが、どうやら予約客が多いらしく、タクシーは一杯。ホテルが街から少し遠いところですので、どうやっていくんだろうと思って、バスの運転手に聞くと「ゲストハウス? いくよ。」とのこと。後で知ったのですが、このバス、市内の主要なホテルの前を順番に止まりながら行ってくれます。殆ど乗り合いタクシー。出発前に「どこのホテル?」と客に聞いていたので、きっと、自宅程度でも、行けるところには行ってくれたんじゃ無かろうかという感じです。ちなみに料金は40kr。ま、いい線でしょう。

街へ向かう 空港からは海岸線沿いを通って、フィヨルドの奥へと向かいます。遠くに見える山が雄大。左に海、右に崖を身ながらひた走ります。

街が見えてきた ひた走ると行っても、たかだか3km。あっという間に街が見えてきました。色とりどりの家が肩を寄せ合って建っています。これがSvalbard諸島最大の街Longyearbyen。非常にかわいらしい街です。

世界最北のトヨタ 街に近づいてくると、店が増えてきます。世界最北のトヨタの前にはスズキの車がとまっていて。

世界最北の日産とスバル 世界最北の日産とスバルのディーラー?もあります。やっぱり社名はスヴァールバルスバルなのでしょうか?それにしても日本の自動車メーカ恐るべし。本当に街で見かける車は日本車の多いこと。

ホテル 我々が泊まるホテル、Spitsbergen Guesthouseは、フィヨルドの一番奥、Nybyen(ニービーエン)に有ります。フィヨルドの一番奥、道路の端から見下ろすとこんな感じ。左右に見えているカラフルな建物がホテルです。

廃坑 このホテル。元々は、Longyearbyenが炭坑街としてにぎわっていた頃の炭坑夫の宿舎。いくつも並んでいる炭坑夫の宿舎をまとめてGuesthouseとして貸しています。Guesthouseのすぐ上の斜面には、廃坑になった炭坑の入り口が今も残っています。

フィヨルドの奥 先ほどの道路の端から街と反対側を見るとこんな感じ。もう山がそこまで迫っています。人の住んでいる領域はほんのわずかです。

我々の宿舎 我々のお宿はこの第1棟。シャワー、トイレは共同ですが、キッチンもありなかなか便利な建物です。ちなみに第3棟は炭坑宿舎時代は女性宿舎だったそうで、炭坑夫の「あこがれの花園」だったのだとか。部屋の中には、この宿舎のいわれについて書かれた説明がかけてあって、これを読むだけでもなかなか楽しめます。

お部屋 部屋の中はこんな感じ。ベッドがやたらと細いので、寝相の悪い私は、寝返りを打つ度に壁に激突するのが難点でしたが、それ以外はそこそこ清潔で使いやすい部屋でした。ちなみに宿泊費は、24時間単位で一泊朝食付き850kr。そこそこの値段です。

それにしても部屋に入ったのは、午前3時前。明るいですが、とりあえず今日の所はお休みなさいと言うことにしました。私達が部屋に入ってから、ナイトクルーズから帰ってきたのかな?と思われる人々が、どやどやっと廊下に入ってきていました。