The driest town in the world

アタカマ砂漠

世界で最も乾いた街

2010年8月27日金曜日

今日は、本旅行三つ目の目玉、世界で最も乾いた街、サン・ペドロ・デ・アタカマを目指します。

サン・ペドロ・デ・アタカマは、アタカマ砂漠の中に作られたオアシス都市、世界で最も乾いた場所です。何せこの300年間、一度も雨が降ってないのだそうですから。風邪でちょっと喉が痛い状況で、この乾いた街に、しかも高度2400mの街に出かけていって、果たして無事でいられるのでしょうか。

カラマ空港 サン・ペドロ・デ・アタカマに行くには、まず、LAN航空でサンチアゴからカラマへ向かいます。サンチアゴから2時間10分。「滑走路要らんやん」と思えるぐらい、だだっ広い荒涼とした大地の真ん中に飛行機は降り立ちます。カラマは鉱山の街。巨大な銅鉱山をバックに多くの鉱夫達がたむろする男の街なのだそうです。と言うことで余り治安もよろしくないという話。

砂漠の中をまっすぐと走る そのカラマ空港を後にして、ひたすら砂漠の中の道を約二時間走ると、サン・ペドロ・デ・アタカマにたどり着きます。

日干し煉瓦の町並み 街の中はこんな感じ。雨の降らないところらしく、日干し煉瓦が街を多い、枯れているのか生きているのか分からない草木が生えています。屋根も基本的には日差しを避けるためのもの。雨をよけるためのものではありません。泥とわらで出来ています。

見渡す限りの砂漠 到着初日は早速月の谷の観光へ。とりあえず見渡す限り岩山の世界。何処までも何処までも砂漠が続いています。

典型的な褶曲山脈 環太平洋造山帯に属するチリでは、プレート境界の衝突によって険しいアンデス山脈が生まれ、その山を越えたところの窪地にはどうしようもないくらい乾燥した地域が生まれました。それがアタカマ砂漠。

何処にでも地層 それが長い年月をかけて断層現象を起こし、あるいは風雨に削られてこんな地形ができあがりました。なので、地学者垂涎ものの美しい地層を何処ででも見ることが出来ます。

月の沙漠の♪ 月の谷観光の最大の目玉は、砂漠に沈む夕日の観賞。多くの人たちが砂山の尾根に登ってその瞬間を待ちます。

月が沈むとこの景色 月が沈むと同時にこの景色。太陽の当たっているところだけがピンク色に染まり、なんとも幻想的な景色が拡がります。やがて、日が当たらなくなると伴に一気に気温が下がって、あっという間に氷点下になります。砂漠は水がない分気温を保つことが出来ず、昼間はとてつもなく暑く、夜はとてつもなく寒くなるのです。

レストランadobe この日の夜は、カフェadobeへ。adobeとは、現地の言葉で日干し煉瓦のこと。決してとあるソフトウエア会社の関連企業ではありません。雰囲気のいい店ではありましたが、正直味はイマイチ。特にスパゲッティは、高山にあるせいかうまく茹でられておらず、なんとなくのびたような麺が大量に出てきました。

帰り道空を見上げると、街の中からも冬の天の川がはっきり見えて、南十字星を望むことが出来ます。何枚か写真に挑戦してみましたが、所詮持ってきたのは安物のカメラ、そんなに美しい写真が撮れるはずもありません。ここ、サン・ペドロ・デ・アタカマはアタカマ天文台へのベースキャンプの街。私が泊まっていたホテルは、日本の天文学者の定宿らしく、何人かのそれらしい格好をした人たちを何人か見かけました。隣の部屋は米国とドイツから来た天文学者の部屋でしたし。そりゃ、これくらい暗くて、高くて、雨が降らなければ、天文台には最適です。加えてチリは南米で最も技術の発達した国。同じアタカマ砂漠でも、チリに天文台が置かれたのは、電気の供給など必要な技術サポートがちゃんと出来る状況にあったからだとか。

谷にだけ植物が 二日目はアタカマ塩湖へ。その道の途中でまずはアンデスの雪解け水が湧き出すJerezの谷に向かいます。砂漠の裂け目に突如として植物の群生が目に入ってきます。

水音を聞くとほっとする 谷底に下りると小川が流れ、その周りに寄り添うように植物が生い茂り、鳥の鳴き声が響きます。ここは水があったところに人が作った農園。自然に生えた植物もあるようですが、多くの植物は人によって植えられています。

インカの水路 この水路自身もインカ人が石を組んで作ったもの。段々畑に上手に水が流れ込むように、石組みの水路は所々で90度に折れ曲がり、水の流れが制御されています。古くからの人の営みが見られます。

インカの水路 こんな復元住宅もあったりします。石組みはそのままでその上にインカ時代の屋根を再現。梁になる木材を渡してそこに小枝を乗せ、その上に竹を引いて泥で固めてあります。梁と小枝を結んでいるのはアルパカの毛皮です。

何処までも塩 続いてやってきたのが、本日のメインイベント、アタカマ塩湖。ボリビアのウユニ塩湖のように何処までも白い大地というわけにはいきませんが、

ほら塩 近づいてみるとこんな感じ。どの塊も、土をかぶっているだけで紛れもない塩の塊です。この塩には多くのイリジウムなどの貴重な希土類も含まれていますので、チリもご多分に漏れず採取作業に余念がありません。観光資源との上手なバランスの取り方を探っているところなのだとか。

フラミンゴ 塩湖の中には、まだ水のあるところも一定あって、そこにはフラミンゴをはじめとする多くの鳥たちが生息しています。

塩の中に済むエビ そのフラミンゴたちが上の嘴で水を掬って一生懸命漉し取って食べているのがこのエビの仲間のプランクトン。エビの仲間の持つ赤い色素が、フラミンゴを赤く染めています。

振り切れた高度計 しばらくフラミンゴを眺めた後は、一気に高度を上げて標高4300メートルの山へ。630ヘクトパスカルまでしか測れない高度計はここで一気に針が振り切れます。4200メートル以上の高地は、フェーン現象を起こす前の水を含んだ空気がやってくるため、小さな植物も生えています。

ビクーニャが行く その草の中を、アルパカ、リャマと同じく、高山の動物ビクーニャが行きます。アルパカやリャマが家畜化されているのとは異なり、ビクーニャは野生、しかも保護動物。従って、毛皮はとっても肉は食されず、その毛糸は非常に高い値段で取引されるのだとか。それにしても、こうやってみると、ビクーニャのあの毛皮の色は、やはり保護色であったのかという感じです。

山頂には湖が 山頂に上がるとミスカンティ湖・ミニーク湖と呼ばれる美しい湖が。カルデラの中にアンデスの雪解け水が流れ込んで出来た湖だそうで、縁の方はすっかり凍っていたりします。綺麗な湖です。原住民達は「蛙の湖」と呼んでいたのだそうですが、チリ政府が放流したニジマスの食料になって、今ではすっかりその姿は見られなくなったのだとか。

リャマは家畜 こちらは、家畜化されたリャマ。麓のトコナウの街に下りてきての写真です。

リャマの肉は美味い このリャマの肉がめっぽう美味い。アルパカの肉なんかよりずっとしまっていておいしい肉です。

また振り切れる針 三日目は朝3時に起きて、また、4300メートルの高山へ。またまた針は振り切れます。

リャマの肉は美味い この日は二時間バスに揺られタティオ間欠泉へ、標高4500メートルにある間欠泉で朝を迎えます。朝日が山に映って美しい。でも、めちゃくちゃ寒い。気温は完全に0度を下回っています。所々白いところは凍った温泉水です。高度4300メートルでは水は87度で沸騰します。で、吹き出してみたものの、周囲の寒さで一気に凍ってしまうと言うわけです。間欠泉とは要っても、蒸気が上がっているばかりで殆どお湯は噴き出さないのですが。

温泉があれば入らねば 温泉があれば入らなければ日本人ではありません。高度4300メートル0度前後の気温の中、沢山の観光客と一緒に露天風呂です。多分世界で一番高いところにある露天風呂。でもこの風呂ぬるいんですよ。1~2カ所強烈に熱いところがあって、後はその余熱という感じ。ということで多くの人は一カ所に集まっています。その向こうで防寒服を着た日本人観光客の団体が、「あの人、行きの飛行機で一緒だった人じゃない?信じられない。」と噂話をしているのが聞こえます。

同じあほなら そんなときこそ、踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損です。ツアーで意気投合したブラジル人の弁護士の兄ちゃんとひとはしゃぎです。でもさすがに寒い。こうやって湯からでると冷たい風が吹き抜けて、一気に体が冷えます。一風呂浴びた後は着替えるのも大変。しかも高山。冷たい風を受けながら一生懸命着替えると、一気に息が切れます。唯一の救いは、砂漠の風はやっぱり乾いていること。あっという間に乾きます。

現地人の村 その後は山を下りて原住民の村へ、日干し煉瓦で出来た整然とした町並みが拡がり、その横の沼地ではリャマが飼われています。

ソーラーパネル とはいっても、そこは現代。建物の家にはソーラーパネルが置かれ、街灯もついています。殆どの人は実は更に麓の村に住んでいて、観光客にあわせてここにやってくるんだとか。街自身はオリジナルの人々の村ですが、今は観光施設化してしまって、すっかり明治村の雰囲気です。

夕焼けのサン・ペドロ・デ・アタカマの繁華街 そんな、盛りだくさんの三日間をこのサン・ペドロ・デ・アタカマで過ごし、観光客の溢れるこの街を後にしました。いやぁ、充実した三日間でした。

夕焼けのカラマ空港 そういえば今回は高山病は大丈夫でした。コカ茶のおかげではなくて、やっぱりバスでゆっくり上がったせいでしょうか。そんなことを考えながら、夕闇迫るカラマ空港を後に、サンチアゴへと下りていきました。