Promootio

博士が街にやってくる

学位授与式

2006年5月20日土曜日

5月も半ばになりました。でも、先週末には20度近くあった気温が、今週初めには0度近くまで下がって、ちょっと寒の戻りです。週末になって暖かくなりましたが、ちょっと日がかげると10度弱。太陽がでているから暖かいけど、やっぱり寒いんだなぁという感じです。

5月半ばは、ヨーロッパの大学では学期末。今週は修士論文の審査などいかにも年度末な行事が目白押しです。私も「ぱちもん」とはいえ「教授職」にある身ですから、修士論文の審査などの仕事も発生します。日本の大学と異なりOpponent(敵対的審査員)という制度があり、その研究について全く知らない第三者が修士論文を読んで公聴会で学生の「敵」に回って審査に当たります。私なぞいわば「よそ者」ですからこの役回りには最適なようで、英語で書かれた修士論文が回ってきました。発表20分質問25分、Opponentはこのうち20分を消費せねば成りません。いくら情報処理科学とはいえ、オウル大学ではこの学科は「理学部」。「工学部」出身の私のとしては、いくら「医学部」という畑違いの分野で揉まれているとはいえ、読み方の立場をキチンと変える必要がありますから、それなりに骨が折れます。ちなみにオウル大学には、「工学部計算機工学科」と「理学部情報処理科学科」の系統の違う二つの学科があり、車の両輪のように理論と実践の両方を回しています。

このOpponentの制度、博士になるともっとシビアで、博士論文の審査は「査読」プロセスで「指導教員」「国内の別大学の同分野の権威者」「国外の別の大学の同分野の権威者」の三人の審査を受ける必要があり、さらに、公聴会の時は、「指導教員」「国内の別大学の同分野の権威者」「国外の別の大学の同分野の権威者(査読者とは別の人物)」が審査に当たります。後者二人がOpponentということですね。で、博士論文の審査は公式スケジュールでは、発表20分、質問最大6時間!!という設定になっています。さすがに6時間も質問が続いたら、ちょっと博士取得の望み薄という感じですが、通常大体1時間半ぐらいは続くでしょうか。私も何件か同席してみましたが、なかなかタフです。

もう一つおもしろいのはこの博士審査、非常に「フォーマル」な行事であるということ。発表者の服装は決まっており、黒の燕尾服に白の蝶ネクタイを締めて登場し、審査員も全員黒の燕尾服と白の蝶ネクタイ、それに、博士授与者にだけ与えられる出身学部のエンブレムのついたシルクハットと博士の「剣」を帯刀しなければ成りません。もちろん各国の審査員はそれぞれの国の「博士」のフォーマルウェアで参加することになります。昨年日本からのopponentをオウル大学に迎えて審査をしたとき、私が間を取り持ったのですが、最初「日本の博士の正装で来て欲しい。SAMURAI SWORDは必ず帯刀するように」というメールが来て、最初なんのことやら全く分からず、めちゃくちゃとまどった覚えがあります。結局全部こちらで借りて貸衣装にしました。いかんせんそんな「博士の正装」など日本にはありませんからね。

さらに、博士取得者はこの公聴会に来る全ての人に「コーヒーサービス」を提供しなければ成りません。公聴会前と公聴会後、そして、3時間以上公聴会が続いた場合は中休みでコーヒーとお菓子が振る舞われます。もうひとつ、公聴会終了後は審査員と関係者(親戚だとか同僚だとか)をみんなお招きしてKaronkkaと呼ばれるパーティーを主催しなければ成りません。これもフォーマルなものですから、少なくとも一流クラスのレストラン、場合によってはホテルを借り切るなどして盛大に行われます。参加者も全員「イブニング正装」のドレスコードが適用されます。もちろん、博士取得者は可能な限り「博士の正装」で参加することが望まれますが、私の場合は「ダークスーツ」で勘弁してもらいました。こういう時のために、紋付き羽織袴でも作っておかないといけないかも知れませんね。

そして、今週末はこういう厳しい審査と、大変な出費を重ねた博士取得者の晴れの舞台Promootio(博士学位授与式)です。博士学位授与式は4年に一度開催され、その大学で過去4年間に博士を取得した者に出席の「権利」が与えられます。出るも出ないも本人次第です。私の周辺でも三人権利を持っている博士取得者がいましたが、一人は英国で勤務中、一人は家庭の事情で参加せずで、参加したのは一人だけでした。

かくいう私自身も奈良先端大の博士学位授与式は米国出張中で出席していません。このときは「博士課程の学生としての所属機関は学位授与式までで、着任する4月1日までは「プータロー」だからこの日の内に帰国するように」との大学事務局からの指示が飛んで、ボストン2泊3日(内機中一泊)という強行軍で帰国したことを覚えています。米国からの飛行機は夕方関西空港に降り立ちますから、その日の内に日本には戻ってきましたが、もちろん式に参加するのは不可能ですよね。

とにもかくにも、この式を経て初めて正式に「博士」として剣とシルクハットを身につけることが許されます。つまり公式には4年に一度しか博士を取得できないわけです。なお、このシルクハットと剣は、与えられるものではなく自分で買う物です。博士をとると買う「権利」が与えられて指定業者から購入することになります。最も安いもので、剣が450€、シルクハットが480€なのだそうです。博士をとるのは大変です。

学位授与式は三日間続きます。金曜日の13時からharujoitukset(リハーサル)、そして金曜日の夜7時からMiekanhaiojaiset(Sword whetting:研磨式)、ここでシャンペンを注いで「より『切れる』学者になるように」という思いを込めて博士の剣を研ぎます。博士取得時だけでなくて、四年に一回ぐらい研いでおかないとすっかりなまってしまいそうですが。この日のドレスコートは、博士取得者は博士正装、すなわち男性は黒の燕尾服に白の蝶ネクタイ、女性は黒のロングドレス(袖が手首まで、裾が足首まで隠れるもの)、その介添え(剣を研ぐ砥石を回す役割)は「イブニング」、ダークスーツにカラフルなネクタイか、イブニングドレス(ロングで肩が出ているもの、黒以外の出来れば明るい色)です。剣を研いだ後は晩餐とダンスパーティーが開かれます。フィンランドに限らずヨーロッパ全域でそういうところがありますが、「ペア」でなければあらゆる生活の場面で困ることになります。お相手がいない方は、友人に頼んで「お相手」になってもらうこともあるようです。学会のパーティーなんかでも、パートナーを伴って出席するのが「当たり前」になっていますしね。ダンスも結構必須のようです。その昔ヘルシンキ工科大学に留学した時に、美しいスウェーデン系フィンランド女性にお願いしてダンスを教えてもらったこともありましたが、未だに全然踊れません。

土曜日のドレスコードは「フォーマル」。博士正装をするか、ロングのダークスーツか黒のロングドレスを着用になります。この日は朝8時45分からリハーサルがあり、正午からPromootioakti(認証式)。ここで博士帽を一人ずつ「与え」られ、ようやく帽子をかぶることが許されるようになります。ここで正式に博士として「認証」されることになるわけです。

博士が街を行く 午後3時に認証式が完了し、Promootio-jumalanpalvelus(認証者行進)、写真のようにフィンランドの国旗を先頭に、まずは「名誉博士」と大学のお偉方、続いて新博士が、シルクハットをかぶり、剣を持って、オウルの目抜き通りRotuaariをMannelheiminpuisto(マンネルヘイメン公園)からTuomiokirkko(オウル大聖堂)まで行進します。続いて大学の教授陣、最後に新博士取得者の親戚一同と続きます。私もこの行列へ参加しても構わなかったのですが、「行進もなぁ」と思って、市井の群衆の一人として見物することにしました。

その後この日は、教会で儀式が執り行われ、更に晩餐会と続きます。晩餐会前には「イブニング」への着替えが必要ですので、同伴者も大変です。

最終日の明日日曜日はさらにPromootiopurjehdus(博士取得者のピクニック)があります。博士取得者が力を合わせて船を漕いで目的地まで行き、そこでお食事となります。これらの一連のイベントやら、2002年の写真(追って今年の写真もアップされるんでしょうけど)などは、こちらの学位授与式公式ページをご覧下さい。Karonkkaも含めて、こちらのヘルシンキ大学のページによく分かる説明が載ってますのでどうぞ、結構Karonkkaに参加するだけでも大変なんですよ。

「かくも博士は偉いのか」と思わず感心してしまいました。なんだか「なんちゃって博士」で「ぱちもん教授」な私としては、色々考えさせられることしきりです。私もSAMURAI SWORDでも買いましょうか。