7月20日 Fly High!!


昨夜突然電話がかかってきました。かけてきたのは現在夏休み中の大学の同僚。学科内の情報システム管理を一手に引き受けている技官です。

"Tomo, tomorrow's weather looks quite promising. Would you like to join me?"

"Yeah, that's great. Why not!"

あっという間に話はまとまり、翌朝大学で落ち合うことにしました。というのも、オウルに来てすぐに彼と意気投合し、夏になったら一度行こう行こうといいながら、なかなかタイミングが合わずにずっとお流れになっていたからです。

滑走路 大学で朝早くに落ち合い、オウルから彼の車で走ること約1時間。目的地のプダスヤルビ(Pudasjarvi)飛行場(Lentokenta)に到着。いよいよ春から楽しみにしていた、グライダーの操縦に挑戦です

天気はやや曇り気味、滑走路上は横風3mと最高の条件というわけには行きませんが、徐々に太陽も明るく照ってきて、上昇気流も発生しやすい状況になってきました。これは上空高く上がることが出来そうです。

プダスヤルビ飛行場は、第二次大戦後、グライダー愛好家に解放されている空港です。こんな小さい空港でも滑走路は2000m。747はさすがに無理ですが、大抵の旅客用飛行機は離着陸可能な長さです。とは行っても無線航空標識などがありませんので、一般の旅客機が下りるには相当の手間を要しますが。

もちろん緊急時には、空軍機が離着陸することも可能ですが、空軍機は主にすぐそばのロバニエミ(Rovaniemi)空港を使っており、まず下りてくることはありません。

管制塔
格納庫 さて、なによりも飛行機を滑走路まで持ってこなければ乗ることは出来ません。滑走路から少し離れたところにある格納庫まで、飛行機を取りに行きます。飛行機は格納庫内にしっかりロープで固定されておかれています。グライダーはFRP製や木製。エンジンを使わずに風を受けて浮かび上がるように非常に軽く作られていますから、しっかり固定しておかないとちょっとの風で飛んでいってしまいます。
格納庫のロープをはずすと二人がかりで両方から機体を支えながら、自家用車で滑走路へと曳航します。今日私が乗せてもらうグライダーは両翼端間17mの大きめの二人乗りの機体ですので、滑走路横の標識などに翼を当てないようにゆっくりゆっくりと引いていきます。

実際に持ってみて驚いたのが、機体の軽さ。3人で軽く持ち上げることが出来ます。これだけ大きい機体でも、風に浮くように作るとこうなるのかという感じです。

車で引いて滑走路へ
念入りに機体検査 滑走の横まで持ってきたら、全てのフラップ、方向舵が正しく動いているのか、ケーブルにゆるみはないか、機体にひびは入ってないか、念入りに機体検査を行います。

もちろん趣味の飛行機ですので、専門の整備士がいるわけではありません。検査は全て自分の目と耳だけが頼りです。

エンジンなしの機体での速度調整は、基本的に重力と浮力のバランスを使って実現します。早い話が、速度を出したければ、落ちればいいわけです。

機体によって様々なのだそうですが、今回乗せてもらって練習用の機体では大体80kmから100kmぐらいの間に速度を持ってくるように飛ばします。遅くなったら下降、早くなったら上昇を繰り返すわけです。基本的な操縦はそう難しいものではありません

ただし、着陸時は常に下降している状態なので、速度が上がります。安定航行時よりも速度は早めに持っていきますが、それでも速度が出過ぎます。そこで、このエアブレーキが活躍します。羽から板を飛び出させて、風の力で速度を落とすという仕掛けです。

エアブレーキ
パラシュートを装着 離陸前に非常時の脱出方法のレクチャーを受け、パラシュートを装着して、コックピットの乗り込みます。私が前の座席、教官が後ろの座席です。

牽引用ロープの取り付け、取り外しが正しくできることを確認したら…

いきなり牽引機に引かれてスタートです。今日これまでに離陸したのは一機だけ。「え、もう俺?」という感じです。

ちなみに牽引機を操縦するのは、71歳のパイロット。空軍を退役して、しばらくいろんな飛行機を操縦していたんだそうです。年に数時間は操縦しないと免許を失いますので、基本的には無料で牽引機の操縦を買って出ているそうです。まぁ、これも趣味の範囲なのでしょう。

牽引機に引かれて
離陸 グライダーは軽いですので、牽引機より先に離陸します。そのまま高度2mを保って牽引機の離陸を待ち、後は姿勢を維持しながらただ牽引機についていきます。

それにしても気流が悪い、離陸と同時に乱気流に捕まって、牽引機共々大揺れです。最初5分間はとりあえず揺れています。

上空500m。風の息と呼ばれる安定した空気の流れが出来る地点まで来ると、牽引ロープを切り離し、単独飛行に移ります。

牽引機から離れると途端に静かになります。乱気流の一部は牽引機が風を切ることで出来たものだったことにようやく気が付きました。

上空500mでリリース
コックピットからの景色 コックピットの中では、羽が風を切る以外の音は全く聞こえません。ただ静かな時間が流れていきます。窓から見下ろす景色は、森と湖のフィンランドの大地。遠くにオウルの町が霞んでいます。

人間の平衡感覚だけで操縦するのは無理ですから、目の前にある沢山の計器に頼らないといけません。方位系、水準器、水平速度計、垂直速度計、高度計。これらの計器を頼りに、一本の操縦桿と、方向舵を動かすペダルを使って、機体を水平に保ちつつ、速度が一定範囲になるように操縦します。

落ちるときに速度が上がることを利用するだけでは、空気抵抗でどんどん速度が落ちていくので、地面に近づき続けるしかありません。某かの上昇する手段が必要です。

グライダーを上昇させるには、上昇気流に乗る他ありません。上昇気流を見つけだすこつは雲の下に入ること。雲は上昇気流に乗って上空に投げ上げられた空気が、上空の冷たい空気と触れて温度が下がることで、含んでいた水分を細かい水の粒として吐き出すことで発生します。ですから雲があれば上昇気流がある可能性が高いと言うことになります。

上昇気流は大体円柱形をしているそうで、ぐるぐると回りながら高度を上げていくことになります。大体一機がぐるぐる回っていると、「お、上昇気流見つけたり」と言うことで、複数の飛行機がまるで磁石に吸い付けられるように集まってきます。ということで、上昇気流を捕まえていると、いつの間にかこんな具合に他の飛行機と一緒にぐるぐる回っていることになります。

上昇気流を利用して
上空1200mへ 電子計器がありませんので、有視界飛行が出来ない雲の中には入ることが出来ません。雲の下ぎりぎりまで上がって後は滑空です。今日は大体1200mまで上昇しました。下を見下ろすと、道路も町も小さく見えます。

操縦桿を握ってしばらく操縦させてもらいましたが、感想は「忙しい」。様々な計器を見ながら操縦桿を、あちらへこちらへ、それに併せて方向舵をあちらへこちらへ。ゆっくりと景色を楽しんでいる暇はありません。まぁ慣れればそうでも無いんでしょうが、3次元に移動すると言うことが、2次元に移動する車に比べていかに難しいかを実感します。

30分強の空の旅を終えて滑走路へ着陸。着陸の際は滑走路上の風の向きをきちんと知って風を捕まえながら下りてくることになります。旅客機が着陸する直前まで滑走路の方向を向いていない(ちょっと横を向いている)ので、何となくヒヤヒヤすることがありますが、これは機体を安定させるために風の方を向いていたんだと言うことを初めて知りました。やっぱり何でもやってみないとわからないものです 無事着陸
翼を持って走る それにしてもこの遊びは、いろんな意味で体力勝負です。

まず、当然飛行機を維持するためのお金が継続的にかかります。体力がなければやってられません。

次にグライダーは機体の下に自転車のように一列に車輪があるだけですので、離陸時はある程度速度が出るまで羽の横を持って伴走しなければいけません。さらに、着陸して止まってしまうと、グライダーは自走できませんので、人間が取りに行かないといけません。着陸時にちょいと失敗して、滑走路の反対の端に下りようものなら、2000m飛行機を引っ張って歩くことを余儀なくされます。まさに体力勝負です

後グライダーにはトイレがありませんから、トイレに行こうと思うと着陸しなければいけません。かといってそんなにすぐに下りてこられるわけではありませんからトイレを我慢する技術も必要です。これも又体力勝負。

体験飛行終了後、「また来年も来て、今度はきちんとライセンスを取ったらどうだい?」とお誘いを受けましたが、果たして来年そんな時間がとれるかどうか。金銭的には10000FIMぐらいですから少し背伸びすれば何とかならなくはないですが、日本人の普通の生活では時間がなぁ。よしんば、ライセンスを取ったとしても家の近所に乗れるところがあるのかどうかよくわからないし…。飛行機の操縦免許はのどから手が出るほど欲しいんですが…


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